ワーママ処世術

学校のボランティア募集にウンザリ。保護者がボランティアを拒否することの意味

最近やたらと息子が、学校からボランティアを募るプリントを持ち帰ってきます。

読み聞かせや登下校ルートの安全確認パトロール。
ここまではまだ分かるとして、先日は「教室のカーテンの家庭での洗濯のご協力」でした。

「ご協力頂ける方は下記の切り取り線から下にご記入の上〜〜」など、参加が任意であることを確認したうえで、胸の痛みを感じながらそっとゴミ箱へ捨てます。

胸の痛みは、ボランティアに協力しない後ろめたさではなく、紙とインクを無駄にしたということについてです。

この手の事は一切貢献できないので、資源を大切にするためにもウチの分は印刷しないでほしい、と言いたいくらい。

傲慢な保護者に思われるかもしれませんが、こういう、無償の奉仕活動は素晴らしい〜みたいな風習が、PTA役員問題をはじめとした、学校活動に関する家庭間の不公平さの根源になっていると思います。

必要な事なら、何故対価を払う仕組みにしないの?

「子どものため」的な言い方で、保護者に対して「やりがい搾取」するのはタチが悪いと思います。

我が子の学校環境を良いものにしてあげたいと思う気持ちはわたしだって同じです。でも、「保護者にボランティアでやってもらえばよくない?」というのは安直すぎやしませんか?

そもそも、保護者じゃなきゃダメ(保護者である方が好ましい)という作業は一握りで、単なる労働力としかみられていないことが殆どですよね。先のカーテンの洗濯とかまさにそう。そんなの業者に委託して保護者から金取れよ、って思います。

業者に頼むでも、活動してくれる保護者に対価を支払うでもどっちでも良いから、「保護者自身が手を動かす」以外のオプションを提示して欲しいのです。

共働き世帯が専業主婦世帯を上回ってるんですよ。
平日昼間の保護者の労働力を期待するって、平成も終わるというのに、公立小学校は昭和で止まってるんですかね。

はびこる「フリーライダー」問題

こういう意見を言うと、実際ボランティアに参加し手を動かす側の保護者からしてみれば、自分だけフリーライドしやがって、的に思いますよね。

その気持ちもわかります。対価を払う仕組みがない以上、実際、やってくださっている人の好意に甘えてフリーライドするしかありません。

ボランティアの時間を惜しみ、わたしが会社に勤務しているその時間を、その方々が負担してくださっているとも言えるわけで。

でも、フリーライドしたいわけじゃないんです。むしろ正当な対価だったら払いたいんです。

この「フリーライダー」問題を解決するには、やはり作業自体をアウトソーシングしてユーザから対価を徴収するしかないと思うんですよね。

作業そのものが効率化されていく

作業をアウトソーシングすることの利点は、ユーザコミュニティ全体が「無駄を排除するよう考える」ということだと思うんですよ。その理由は、作業がきちんとお金として換算されるからです。

誰かのボランディアで行われている場合「そりゃ、やらないよりやったほうがいいよね」となるのは当たり前です。その作業が、たとえどんなに不毛で大して意味のないことだとしても、効果がゼロであると証明されない限り、無くなることはありません。

でも、例えば、PTAをアウトソーシングすることとして、1家庭あたり年間5千円払うとして。(相場はよく知りませんが)

PTA活動の中にいまだに含まれているらしい「ベルマーク活動」。費用の内訳として「ベルマーク活動」に5割を費やしていたとしたらどうでしょう。

「そんなもんやめちまえ!!!」と言う保護者続出だと思いませんか?

無対価のボランティア活動というのは、こういう反生産的な方向へ向かう危険を孕んでいます。逆に、全てを一旦アウトソーシングすることで、本当に必要な作業だけを残す方向に働きます。

企業だったら、無駄な作業を削減すること、アウトソーシングして費用換算することは当たり前に行われています。なぜなら、社員の時間はそのまま会社の費用(人件費)だからです。無駄な作業に社員の時間を割くことは、そのまま会社の利益を押し下げることになります。

効率化が行われない仕組みである学校ボランティアは、付き合い続けてると搾取され続け、疲弊するだけです。断固拒否しましょう。

保護者がボランティアを拒否することの意味

そうは言っても誰かがやらなきゃいけないんだからと、犠牲心でやっちゃう人いますよね。

でも、これやってると、無駄な仕事も無くならないし、仕組みも変わりません。

楽しくてやってるなら良いと思います。やってみたら楽しいし、やる意義もあると思った!って実際PTAを1年間やった友人が言っていました。彼女のように、あくまでも自分がやりたいからやるべきであって、いやいや仕方なくやるなら、やらないほうがいいです。

やりたくもないのにやって、「募れば集まる」という実績を残してしまうのは、未来に向けての負の遺産です。

カーテン洗濯のボランティアがいなかったら、学校はカーテンを洗濯しないんですかね?そんなことないですよねきっと。

P(Parents)が誰もPTA役員にならなかったら、PTAはどうなるんでしょう?最低限必要な機能だけは、なんとか「T(Teacher)」だけで運営するんでしょうね。

一旦、保護者が覚悟を決めて、ここまでやったらいいんじゃない?と思います。