先日、目にしたブログにこんな内容が書かれていました。
婚活市場で、30代女性が年齢を言った時、相手の男性に「えー見えない!20代に見える!」と驚かれたとしても喜んではいけない。
その言葉の裏には
「意外と年齢いってるんだ・・・」という本音が隠されていて、結局、彼の中ではあなたは30代として値付けがされている。恋人として連れて歩くには見た目年齢の方が重要かもだけど、結婚となると話は違ってくるのだ。
またtwitterでこんなツイートも見かけました。
女を磨いた35歳の女性よりも何もしてない25歳の女性の方が圧倒的にモテます。女性は年齢が圧倒的に重要なのです。何もしてない25歳と女を磨いた35歳では新築マンションとリフォームした築35年のアパートくらいの差があります。
— ひかりん@婚活コンサル (@hikarin22) 2018年9月30日
こういうポストを見ると、別に自分が言われたわけでもないのに心が痛む。
女性が、主に年齢が理由で女性としての価値を損なわれているのを見るたびに、誰に対してかわからない怒りが湧く。
なんでもかんでも新品が好き。これってツライ民族性だと思う。だってすべてのものはみんな歳をとって古くなるのだから。
日本には、京都や鎌倉などの古都に残されているような古き良き時代を慈しむ文化も確かにあったはずなのです。いつからこうなってしまったのかな。戦争で焼け野原になり、多くのものが新品に成り代わってしまったことも関係あるんじゃないだろうか。なんて、最近昭和史にハマったわたしとしては考えたりもするのですが。
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女性は、結婚して子どもを持つことで若さの戦いから降りることができる
男女ともに、結婚したら子どもを持ちたいと思う人は多いでしょう。
子どもを持つことを希望しているのならば、パートナーは若い方がいい。生物学的に、本能としてパートナーに若い異性を求めることは理解できます。そして、男性よりも女性の方がその生物的リミットはシビアです。
だからこそ日本の女性は、加齢とともに価値が失われていく自分のプライドを守るために「出産」という生物としての義務を果たし、異性からの品評会をイチ抜けしたいと思っているのではないでしょうか。
子どもがいれば、男性からの「自分のパートナーとなり、これから出産できる能力を持っているのかどうか」というジャッジの対象外になれるからです。それはつまり、年齢という呪縛から解放されるということです。
小さい頃の憧れの女性像は「年上」だった
小さい頃、憧れの存在がいました。それは、芸能人だったり、漫画やドラマのキャラクターだったり。いつも、その時の自分より少しだけ年上の女の子でした。
いま、うちの4歳娘がそうなのですが、カワイイ=お姉さん=年上の女の子 なんですよね。自分より年上女性を容姿の憧れに置くのは、美しさの往路だからなんだよなぁ…としみじみ思います。だってわたしは、(いつ折り返したのかに気づかなかったけど)折り返し地点に憧れは置いてきてしまったのですから。
わたし自身、ルッキズムとエイジズムの塊だからなのかもしれませんが、日本で、女性として生きるって、すごく厄介。フランス人の女性は年を重ねている方がモテるとか聞くけど、そういう文化が羨ましい。
こんな風になりたい!憧れの年上女性有名人
クサっててもしょうがないので、わたしが素敵だな、こうなりたいなと思う年上の女性をピックアップしてみました。
石田ゆり子さん
1969年10月3日(49歳)
永作博美さん
1970年10月14日(48歳)
井川遥さん
1976年6月29日(42歳)
滝沢眞規子さん
1978年7月17日(40歳)
こうやって並べてみると4人ともなんとなく共通項ありますね。童顔、ナチュラルメイク、ヌケ感って感じでしょうか。こんな風に力を抜いた柔らかい雰囲気を出せるのが理想!ちなみにわたしはどれも持ってません。だからこそ憧れちゃうんですよね。
というか、石田ゆり子さんと永作博美さんはアラフォーどころかアラフィフなんですね…!
この人も素敵だと思う!というようなご意見があれば教えて頂きたいなーなんて思います。
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